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	<title>OUR STRIKE へのコメント</title>
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	<description>SILENT LINKAGE／しずかなうねり　</description>
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		<title>エビ工船 より</title>
		<link>http://silentlinkage.com/archives/180/comment-page-1#comment-82</link>
		<dc:creator>エビ工船</dc:creator>
		<pubDate>Tue, 12 Oct 2010 03:11:01 +0000</pubDate>
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		<description>行政が介入すると、良いことがないです。

現在、
江戸時代へ先祖がえりしようとする勢力があって、
江戸の三大改革「享保の改革」、「寛政の改革」、「天保の改革」
みたいなことを推進しようとする権力構造があります。

しかし、芸術家にとっては文化・文政時代のほうがよろしく、
必要以上に規制したり
よけいな行政の介入はよろしくないです。
むしろ文化・文政のほうが
景気も非常によく、いろいろな文化が繁栄していました。

しかし、お上のほうは、「享楽と堕落の時代」ということで、
質素倹約をして締め上げてきます。
そして、
歌舞伎・浮世絵産業は打撃を受けましたので、
現代にあっても
そのような質素倹約型の江戸時代行政に対して、
芸術家はたちあがるべきです。


ところで、
映画「蟹工船」を見ました。
1929年以前の話だと思いますが、現代人にとっては漫画です。
そもそも労働組合問題は、
世の中の流動化がすすんで
「探せば同じレベルの職がいくらでもある」
という社会になれば、なくてもよいものです。

ただ、昔の人は固定化された職業のなかでも辛抱強かった。

今の人は、
口は達者で、あれこれ言うけど根性がなくなった……。
豊かな社会であるからこそ、不満が募るということでしょうか？</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>行政が介入すると、良いことがないです。</p>
<p>現在、<br />
江戸時代へ先祖がえりしようとする勢力があって、<br />
江戸の三大改革「享保の改革」、「寛政の改革」、「天保の改革」<br />
みたいなことを推進しようとする権力構造があります。</p>
<p>しかし、芸術家にとっては文化・文政時代のほうがよろしく、<br />
必要以上に規制したり<br />
よけいな行政の介入はよろしくないです。<br />
むしろ文化・文政のほうが<br />
景気も非常によく、いろいろな文化が繁栄していました。</p>
<p>しかし、お上のほうは、「享楽と堕落の時代」ということで、<br />
質素倹約をして締め上げてきます。<br />
そして、<br />
歌舞伎・浮世絵産業は打撃を受けましたので、<br />
現代にあっても<br />
そのような質素倹約型の江戸時代行政に対して、<br />
芸術家はたちあがるべきです。</p>
<p>ところで、<br />
映画「蟹工船」を見ました。<br />
1929年以前の話だと思いますが、現代人にとっては漫画です。<br />
そもそも労働組合問題は、<br />
世の中の流動化がすすんで<br />
「探せば同じレベルの職がいくらでもある」<br />
という社会になれば、なくてもよいものです。</p>
<p>ただ、昔の人は固定化された職業のなかでも辛抱強かった。</p>
<p>今の人は、<br />
口は達者で、あれこれ言うけど根性がなくなった……。<br />
豊かな社会であるからこそ、不満が募るということでしょうか？</p>
]]></content:encoded>
	</item>
	<item>
		<title>捨てるのはよい、拾うのはだめって？ より</title>
		<link>http://silentlinkage.com/archives/180/comment-page-1#comment-81</link>
		<dc:creator>捨てるのはよい、拾うのはだめって？</dc:creator>
		<pubDate>Sat, 09 Oct 2010 18:56:20 +0000</pubDate>
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		<description>今日、藤井氏からのMLで知りましたが、墨田区の空き缶拾いに罰金20万というのはひどいですね。北京のオリンピックの時におこなわれたことよりもあからさまだ。。。　

http://san-ya.at.webry.info/201008/article_3.html</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>今日、藤井氏からのMLで知りましたが、墨田区の空き缶拾いに罰金20万というのはひどいですね。北京のオリンピックの時におこなわれたことよりもあからさまだ。。。　</p>
<p><a href="http://san-ya.at.webry.info/201008/article_3.html" rel="nofollow">http://san-ya.at.webry.info/201008/article_3.html</a></p>
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	</item>
	<item>
		<title>飛田八尾 より</title>
		<link>http://silentlinkage.com/archives/180/comment-page-1#comment-80</link>
		<dc:creator>飛田八尾</dc:creator>
		<pubDate>Sat, 09 Oct 2010 16:39:16 +0000</pubDate>
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		<description>フランコ・ベラルディをはじめとするオペライズモ以降の革命家同士たちが見通したとおり、資本の下の労働はますます芸術のフリをさせられ（クリエイティヴィティ）、制度化された芸術の下で働くことはよそよそしい労働として（重層的下請けの出来高払い24時間拘束ないしヴォランティアという美名における不払い奴隷労働）われわれの前に立ち現れている。だからこそ革命の展望は相変わらず、社会＝生活における芸術と労働の一致にむけてのみ拓かれる。それを先取りする存在が野宿であったりひきこもりであったり、日々の食卓であったりするのは当然のことだ。

ストライキは時間を宙づりにして、はじめて人々は当たり前のことに気づく。だとすればそれはストライキそのものが革命的＝芸術的な行いであるからに他ならない。じじつ毎日の摂食障害やひきこもりほど徹底的かつ永続的なスト行為が、かつてあっただろうか。われわれプレカリアートが「ふつうでない」ことに悩む必要などない。資本の側が自動車がビールが若者に売れない苦悩を吐露しているのは、かれらが時代錯誤であるという単純な事実を示すに過ぎない。今度こそほんものの危機を！革命は近い。

いまこそ全世界同時かつ同一水準の、いや無条件というなら論理的に無制限であるべき（労働と芸術とが等しいときもはや無意味な束縛から解き放たれた）所得そのものを要求する。それが獲得されたアカツキには赤瀬川の零円札をもって盛大にビールを買い、自家製の密造酒と呑み比べてあげようではないか。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>フランコ・ベラルディをはじめとするオペライズモ以降の革命家同士たちが見通したとおり、資本の下の労働はますます芸術のフリをさせられ（クリエイティヴィティ）、制度化された芸術の下で働くことはよそよそしい労働として（重層的下請けの出来高払い24時間拘束ないしヴォランティアという美名における不払い奴隷労働）われわれの前に立ち現れている。だからこそ革命の展望は相変わらず、社会＝生活における芸術と労働の一致にむけてのみ拓かれる。それを先取りする存在が野宿であったりひきこもりであったり、日々の食卓であったりするのは当然のことだ。</p>
<p>ストライキは時間を宙づりにして、はじめて人々は当たり前のことに気づく。だとすればそれはストライキそのものが革命的＝芸術的な行いであるからに他ならない。じじつ毎日の摂食障害やひきこもりほど徹底的かつ永続的なスト行為が、かつてあっただろうか。われわれプレカリアートが「ふつうでない」ことに悩む必要などない。資本の側が自動車がビールが若者に売れない苦悩を吐露しているのは、かれらが時代錯誤であるという単純な事実を示すに過ぎない。今度こそほんものの危機を！革命は近い。</p>
<p>いまこそ全世界同時かつ同一水準の、いや無条件というなら論理的に無制限であるべき（労働と芸術とが等しいときもはや無意味な束縛から解き放たれた）所得そのものを要求する。それが獲得されたアカツキには赤瀬川の零円札をもって盛大にビールを買い、自家製の密造酒と呑み比べてあげようではないか。</p>
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	</item>
	<item>
		<title>ホルモン関根 より</title>
		<link>http://silentlinkage.com/archives/180/comment-page-1#comment-76</link>
		<dc:creator>ホルモン関根</dc:creator>
		<pubDate>Sat, 09 Oct 2010 05:18:34 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://silentlinkage.com/?p=180#comment-76</guid>
		<description>残念ながら撮影には間に合うようにがんばったけれど参加できなかった。

今日、そのときの映像を見させてもらいました。

映像きれいですね。

とにかく作品として”芸術と労働”というテーマを掲げひとつのストーリーを作り上げたことはとても面白いと思います。

参加者の白熱した議論、思考、行為のまじめさは日本人の良さをとても表していて共感します。

これは全体として作品なのです。もちろんこのスレッドすべても。

タケウチうんわりさんのスレッドは考察が的確で、とても洞察力がすぐれていると思いました。

基本的に芸術も労働もどうでもいいことで結論はないのです。

だって人間だから。

原点はいかに自分だけが自分の遺伝子だけか生き残るか、です。

アートもつねに延長された表現系です。

そういうふうに自分が感じたことはこのプロジェクトにはエネルギーが込められた、と思います。

今後のご活躍、期待しています。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>残念ながら撮影には間に合うようにがんばったけれど参加できなかった。</p>
<p>今日、そのときの映像を見させてもらいました。</p>
<p>映像きれいですね。</p>
<p>とにかく作品として”芸術と労働”というテーマを掲げひとつのストーリーを作り上げたことはとても面白いと思います。</p>
<p>参加者の白熱した議論、思考、行為のまじめさは日本人の良さをとても表していて共感します。</p>
<p>これは全体として作品なのです。もちろんこのスレッドすべても。</p>
<p>タケウチうんわりさんのスレッドは考察が的確で、とても洞察力がすぐれていると思いました。</p>
<p>基本的に芸術も労働もどうでもいいことで結論はないのです。</p>
<p>だって人間だから。</p>
<p>原点はいかに自分だけが自分の遺伝子だけか生き残るか、です。</p>
<p>アートもつねに延長された表現系です。</p>
<p>そういうふうに自分が感じたことはこのプロジェクトにはエネルギーが込められた、と思います。</p>
<p>今後のご活躍、期待しています。</p>
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	</item>
	<item>
		<title>HTmL より</title>
		<link>http://silentlinkage.com/archives/180/comment-page-1#comment-75</link>
		<dc:creator>HTmL</dc:creator>
		<pubDate>Thu, 07 Oct 2010 08:02:29 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://silentlinkage.com/?p=180#comment-75</guid>
		<description>ある程度の資本主義で
富や名声を少しづつ形成していくのが
人生ですから
若い時の苦労は買ってでもしろ、
ということができます。

それに
若いときにあまりに認められすぎると、
人生の後半がみすぼらしくなります。

もちろん、
芸術とは
「素晴らしい」と人を感動させる仕事のことで、
しかも時代のふるいに残るような仕事でもあるので、
自分の仕事に磨きをかけ、
その一方で
社会の仕組みを知ることも大事です。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>ある程度の資本主義で<br />
富や名声を少しづつ形成していくのが<br />
人生ですから<br />
若い時の苦労は買ってでもしろ、<br />
ということができます。</p>
<p>それに<br />
若いときにあまりに認められすぎると、<br />
人生の後半がみすぼらしくなります。</p>
<p>もちろん、<br />
芸術とは<br />
「素晴らしい」と人を感動させる仕事のことで、<br />
しかも時代のふるいに残るような仕事でもあるので、<br />
自分の仕事に磨きをかけ、<br />
その一方で<br />
社会の仕組みを知ることも大事です。</p>
]]></content:encoded>
	</item>
	<item>
		<title>自発的過労死が設計される より</title>
		<link>http://silentlinkage.com/archives/180/comment-page-1#comment-73</link>
		<dc:creator>自発的過労死が設計される</dc:creator>
		<pubDate>Tue, 05 Oct 2010 06:09:39 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://silentlinkage.com/?p=180#comment-73</guid>
		<description>『設計される意欲』（鈴木謙介）の文章で教育社会学者本田由紀の引用のあたりを少しはしょって以下に。
--
かつては集団の同調圧力にうったえかけ、超過する労働を強いて過労死に至ることが多かったが、近年は自らすすんでのめりこんでくかたちで過労死に至るケースが増えている。「好きを仕事にする」と言った趣味性、権限委譲などにより自営業主的な立場を与えることで生じるゲーム性、ケアワーカーなどのヒューマンサービス業が持つ「感情労働」的性格がもたらす奉仕性、仕事の意味についてハイテンションな、しばしば疑似宗教的な意味づけがなされ、高揚した雰囲気の中で、個々の労働者がしごとにのめりこんでいくようなサークル・カルト性。こうした性格は、他の要因とも重なりながら、安定雇用の保障や、高賃金という代価なしに労働者から高い労働力を動員するため巧妙な仕組みになっている。
--
長期雇用、終身雇用のモデルが難しい昨今、労働力を獲得するためにこういった方法、設計がとられるようになってきているようです。
ここであがっている芸術、クリエイターの場ではその設計者（企業など）がなく自然発生的に同じような状況があるように思えますが、よく考えるとその設計者もいないとも言えないような気がします。。。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>『設計される意欲』（鈴木謙介）の文章で教育社会学者本田由紀の引用のあたりを少しはしょって以下に。<br />
&#8211;<br />
かつては集団の同調圧力にうったえかけ、超過する労働を強いて過労死に至ることが多かったが、近年は自らすすんでのめりこんでくかたちで過労死に至るケースが増えている。「好きを仕事にする」と言った趣味性、権限委譲などにより自営業主的な立場を与えることで生じるゲーム性、ケアワーカーなどのヒューマンサービス業が持つ「感情労働」的性格がもたらす奉仕性、仕事の意味についてハイテンションな、しばしば疑似宗教的な意味づけがなされ、高揚した雰囲気の中で、個々の労働者がしごとにのめりこんでいくようなサークル・カルト性。こうした性格は、他の要因とも重なりながら、安定雇用の保障や、高賃金という代価なしに労働者から高い労働力を動員するため巧妙な仕組みになっている。<br />
&#8211;<br />
長期雇用、終身雇用のモデルが難しい昨今、労働力を獲得するためにこういった方法、設計がとられるようになってきているようです。<br />
ここであがっている芸術、クリエイターの場ではその設計者（企業など）がなく自然発生的に同じような状況があるように思えますが、よく考えるとその設計者もいないとも言えないような気がします。。。</p>
]]></content:encoded>
	</item>
	<item>
		<title>息苦しい より</title>
		<link>http://silentlinkage.com/archives/180/comment-page-1#comment-72</link>
		<dc:creator>息苦しい</dc:creator>
		<pubDate>Mon, 04 Oct 2010 19:53:28 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://silentlinkage.com/?p=180#comment-72</guid>
		<description>日本では個人で助成金を申請したりし、自身の活動の状況をよりよくしても、全体の場（その業界という狭い範囲でも）をよくしようとする人はとても少ない。
更に自身だけの範囲でも助成金を申請したり、何かプレゼンテーションしたりとか行うのがとても苦手、できない人が沢山います（最近はそういったノウハウが増えてきてそうでもなくなってきていますが）。
う〜ん　たいへんだ。。。

今ままでの投稿を読んで、日本では作家自身も社会もゴッホみたいな苦境を美徳とし芸術家は皆、ゴッホみたいに苦境でなければいけないと肯定している人が多数いるということを改めて思いました。まるで戦時中の教育のようです。日本ではゴッホ以外の人はほとんど知らないですしね。朝青龍批判とかのように芸術家は聖人君子であれのように首を絞めているように思えてしまいます。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>日本では個人で助成金を申請したりし、自身の活動の状況をよりよくしても、全体の場（その業界という狭い範囲でも）をよくしようとする人はとても少ない。<br />
更に自身だけの範囲でも助成金を申請したり、何かプレゼンテーションしたりとか行うのがとても苦手、できない人が沢山います（最近はそういったノウハウが増えてきてそうでもなくなってきていますが）。<br />
う〜ん　たいへんだ。。。</p>
<p>今ままでの投稿を読んで、日本では作家自身も社会もゴッホみたいな苦境を美徳とし芸術家は皆、ゴッホみたいに苦境でなければいけないと肯定している人が多数いるということを改めて思いました。まるで戦時中の教育のようです。日本ではゴッホ以外の人はほとんど知らないですしね。朝青龍批判とかのように芸術家は聖人君子であれのように首を絞めているように思えてしまいます。</p>
]]></content:encoded>
	</item>
	<item>
		<title>あえて我慢してでも、出る杭を打つな より</title>
		<link>http://silentlinkage.com/archives/180/comment-page-1#comment-71</link>
		<dc:creator>あえて我慢してでも、出る杭を打つな</dc:creator>
		<pubDate>Mon, 04 Oct 2010 19:10:22 +0000</pubDate>
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		<description>単純に社会において、よりよい仕事場、活動の場をつくるための行動、技術がある。
それは何かの申請手続きのようにマニュアルがあり、幾らかの手間をかけることでできることがたくさんある。
でもそういった行動に何か特別な色を見てしまい、行動できないでいる。日本ではそういったことに対する抵抗が高く、悶々としているが、海外ではもっとサクッととドライに頻繁におこなわれている。
行動しない理由をあれこれ挙げても、別の場、在学時、アルバイト、就労時、は上から言われ、習わしに従いあれこれおこなう。あれこれおこなっているのに、そういった上からのものがない状態だと行動できずにいる。
そんなたいしたことではないのに、あまりにも大それたことのように扱われてしまいがちでは。ゴミを収集所に出したり、貨幣を使って商品を入手したりと頻繁にしているなら、おこなえばいいのに。
寧ろ、出る杭を打っているのはもっと身近なとこ、あるいは自身ではないでしょうか。そして「出る杭は。。」的に大袈裟にしているのも。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>単純に社会において、よりよい仕事場、活動の場をつくるための行動、技術がある。<br />
それは何かの申請手続きのようにマニュアルがあり、幾らかの手間をかけることでできることがたくさんある。<br />
でもそういった行動に何か特別な色を見てしまい、行動できないでいる。日本ではそういったことに対する抵抗が高く、悶々としているが、海外ではもっとサクッととドライに頻繁におこなわれている。<br />
行動しない理由をあれこれ挙げても、別の場、在学時、アルバイト、就労時、は上から言われ、習わしに従いあれこれおこなう。あれこれおこなっているのに、そういった上からのものがない状態だと行動できずにいる。<br />
そんなたいしたことではないのに、あまりにも大それたことのように扱われてしまいがちでは。ゴミを収集所に出したり、貨幣を使って商品を入手したりと頻繁にしているなら、おこなえばいいのに。<br />
寧ろ、出る杭を打っているのはもっと身近なとこ、あるいは自身ではないでしょうか。そして「出る杭は。。」的に大袈裟にしているのも。</p>
]]></content:encoded>
	</item>
	<item>
		<title>タケウチふんわり より</title>
		<link>http://silentlinkage.com/archives/180/comment-page-1#comment-70</link>
		<dc:creator>タケウチふんわり</dc:creator>
		<pubDate>Thu, 30 Sep 2010 06:51:48 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://silentlinkage.com/?p=180#comment-70</guid>
		<description>こないだの撮影に参加させていただきました～
その時の雑感をツラツラ書いてみます～



撮影はアサヒビール本社と墨田区役所が建っている敷地内の色んな場所に複数のテントを設置してその状況を撮るというのが柱としてあり、テントのある風景の中で参加者が各々やりたいことをやるという感じだったと思います。

テントの移動と設置に関しては、アーティストがいて、アーティストの意図を現実にすべく奔走するコーディネーター的な人がいて、指令が下るボランティア参加者がいるという構造の下に行われていました。



僕は以前、派遣バイトでこれに近い雰囲気を経験したことを思い出しました。
詳しい事は忘れてしまいましたが、新商品をプレゼンする為のブース作りに行ったような…アピール用のオブジェ的なブツを設置したような…

撮影現場に到着してから感じたこの雰囲気から「登録派遣でイベント現場に派遣されたバイト君」という設定を自分自身に課すことにしました（貫徹できませんでしたが…）。
現代美術の現場ではこういった参加型の制作はよくあると思います。




「芸術の労働問題」にまつわる作品を「労働力未満の労働力」で制作しているという状況が、現代美術の構造を上手く象徴しているようで、個人的にはおもしろかったです。

藤井さんも含めて今回の参加者の中に、自らの「労働者性」を感じている人がどれだけいたのか、僕には興味があります。



僕はやはり、最後まで「登録派遣のバイト君」を自分に課すべきだったと後悔しています。

休憩時間になると、コーディネーター的な人が、お茶を振る舞ってくれました。

根性無しの僕は、ついついおいしくいただいてしまったのですが、「ふざけるな！甘いお菓子も用意しろ！」と怒鳴りながらコーディネーターの顔にお茶をかけるべきでした(もちろん藤井さんの顔にもです)。

すると、コーディネーター的な人も「私だって交通費しかもらってないのよ！贅沢言わないで！」とキレはじめ、別の参加者が「何を言ってるのか！弁当がなければ腹が満たされないじゃないか！」と割り込んでこなければいけなかった。

どこからか「とりあえずアサヒビールもってこい！」と、下品にがなりたてる奴があらわれたあたりから、報酬のありかたを巡って見当違いな議論が白熱し、参加者同志が不毛なケンカを始める…というような状況を作らなければいけなかったと感じています（笑）



「芸術の労働問題」に肉薄するということは、自分の立ち位置を揺さぶる行為な訳で、自らの作品自体（企画～制作～展示～撤収にいたるすべてに取巻く労働）に言及することも避けることはできないはずです。

今回の撮影で、参加者の表現行為が最大限認められていたという事実に、自らの作品への批判的内省、現代美術の制度解体をも視野に入れた意図が藤井さんにあったと勝手に解釈、妄想しています（笑）

だから、撮影現場に居合せた人は、アートの流儀（？）で、あの場所にあったはずの見えない労働を可視化する作業を、もっと積極的にやるべきだったんじゃないかと思います（していた人いたならごめんなさい）。
それが藤井さんの呼び掛けへの誠実な応答になったのかなと。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>こないだの撮影に参加させていただきました～<br />
その時の雑感をツラツラ書いてみます～</p>
<p>撮影はアサヒビール本社と墨田区役所が建っている敷地内の色んな場所に複数のテントを設置してその状況を撮るというのが柱としてあり、テントのある風景の中で参加者が各々やりたいことをやるという感じだったと思います。</p>
<p>テントの移動と設置に関しては、アーティストがいて、アーティストの意図を現実にすべく奔走するコーディネーター的な人がいて、指令が下るボランティア参加者がいるという構造の下に行われていました。</p>
<p>僕は以前、派遣バイトでこれに近い雰囲気を経験したことを思い出しました。<br />
詳しい事は忘れてしまいましたが、新商品をプレゼンする為のブース作りに行ったような…アピール用のオブジェ的なブツを設置したような…</p>
<p>撮影現場に到着してから感じたこの雰囲気から「登録派遣でイベント現場に派遣されたバイト君」という設定を自分自身に課すことにしました（貫徹できませんでしたが…）。<br />
現代美術の現場ではこういった参加型の制作はよくあると思います。</p>
<p>「芸術の労働問題」にまつわる作品を「労働力未満の労働力」で制作しているという状況が、現代美術の構造を上手く象徴しているようで、個人的にはおもしろかったです。</p>
<p>藤井さんも含めて今回の参加者の中に、自らの「労働者性」を感じている人がどれだけいたのか、僕には興味があります。</p>
<p>僕はやはり、最後まで「登録派遣のバイト君」を自分に課すべきだったと後悔しています。</p>
<p>休憩時間になると、コーディネーター的な人が、お茶を振る舞ってくれました。</p>
<p>根性無しの僕は、ついついおいしくいただいてしまったのですが、「ふざけるな！甘いお菓子も用意しろ！」と怒鳴りながらコーディネーターの顔にお茶をかけるべきでした(もちろん藤井さんの顔にもです)。</p>
<p>すると、コーディネーター的な人も「私だって交通費しかもらってないのよ！贅沢言わないで！」とキレはじめ、別の参加者が「何を言ってるのか！弁当がなければ腹が満たされないじゃないか！」と割り込んでこなければいけなかった。</p>
<p>どこからか「とりあえずアサヒビールもってこい！」と、下品にがなりたてる奴があらわれたあたりから、報酬のありかたを巡って見当違いな議論が白熱し、参加者同志が不毛なケンカを始める…というような状況を作らなければいけなかったと感じています（笑）</p>
<p>「芸術の労働問題」に肉薄するということは、自分の立ち位置を揺さぶる行為な訳で、自らの作品自体（企画～制作～展示～撤収にいたるすべてに取巻く労働）に言及することも避けることはできないはずです。</p>
<p>今回の撮影で、参加者の表現行為が最大限認められていたという事実に、自らの作品への批判的内省、現代美術の制度解体をも視野に入れた意図が藤井さんにあったと勝手に解釈、妄想しています（笑）</p>
<p>だから、撮影現場に居合せた人は、アートの流儀（？）で、あの場所にあったはずの見えない労働を可視化する作業を、もっと積極的にやるべきだったんじゃないかと思います（していた人いたならごめんなさい）。<br />
それが藤井さんの呼び掛けへの誠実な応答になったのかなと。</p>
]]></content:encoded>
	</item>
	<item>
		<title>サリー より</title>
		<link>http://silentlinkage.com/archives/180/comment-page-1#comment-69</link>
		<dc:creator>サリー</dc:creator>
		<pubDate>Wed, 29 Sep 2010 16:06:25 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://silentlinkage.com/?p=180#comment-69</guid>
		<description>&quot;好きなこと&quot;だから、&quot;興味のあること&quot;だから、といって見失ってしまうことがある。勤務時間や勤務形態、その環境。事実をどこかで隠して見えないように、無意識に見ないようにしてしまう恐い言葉。そこで摂取されていく&quot;労働&quot;。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>&#8220;好きなこと&#8221;だから、&#8221;興味のあること&#8221;だから、といって見失ってしまうことがある。勤務時間や勤務形態、その環境。事実をどこかで隠して見えないように、無意識に見ないようにしてしまう恐い言葉。そこで摂取されていく&#8221;労働&#8221;。</p>
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	</item>
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